スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

架け橋 1・17から3・11へ(1)描いた春 笑顔咲いた 

恋愛・結婚・婚活に関しての最新の注目動向です。

 ◆「神戸は絶対に東北を忘れません」

 兵庫県西宮市の郵便局職員、藤田敏則(63)は昨年4月6日、岩手県陸前高田市で長女の菊池朋(とも)=当時(29)=の遺体を確認した。朋は3年前に結婚、陸前高田市で暮らし、当時は妊娠4カ月だった。朋と小さな命は東日本大震災の大津波に巻き込まれたのだ。

 悲しみしかなかった。藤田は自宅に戻り、数日間虚脱状態に陥った。何をする気もしなかった。

 そんなとき、朋の声が聞こえた。確かに「泣いている場合じゃないでしょ」といった気がした。

 声は17年前の記憶をよみがえらせた。

 藤田は阪神大震災で被災。家族は幸い無事だった。画廊を経営していた藤田は、知人の画家に呼びかけ、避難所で子供の「お絵かき会」をはじめた。ショックで感情を表現できなくなっている子供たちの助けになりたかったからだ。

 娘が世話になった土地のためにできることをしよう。約1カ月後から、藤田は岩手県の幼稚園や保育園に足しげく通った。沿岸部を中心に約50カ所で、「お絵かき会 けっぱれ(がんばれ)岩手っ子」を開いた。約1800人が参加。「食べ物は何が好き?」「虹を見たことある?」などと問いかけ、心を引き出した。9月には大船渡市などで展示会を開いた。藤田は「親を亡くした子も笑顔をみせてくれた。今なら娘にできることはやったといえる」という。

 藤田がお絵かき会の準備に奔走していたころの昨年4月29日。神戸市東灘区の子供向け絵画教室「アトリエ太陽の子」代表、中嶋洋子(59)は、大船渡市の避難所になっていた中学校を約千枚のサクラの絵を抱えて訪れていた。

 中嶋は阪神大震災で教え子の幼稚園と小学1年生の姉妹を失った。東日本大震災の発生で「こんな時だから子供たちに絆の大切さを伝えたい」と思った。そして神戸の子供たちにサクラの絵を描くことを呼びかけた。東北に子供たちの絵で「春」を届けたかった。

 サクラの絵を避難所で壁に貼りつけた。一人が「やっと春がきたぞ~」と笑顔で叫んだ。涙を浮かべるお年寄りもいた。

 津波で被災した小学校では、子供たちの手形で「こいのぼり」を描く青空教室を開いた。絵を描くうちに子供たちの笑い声が聞こえてきた。

 神戸に帰ると、訪問した小学校の教頭から電話があった。「次はいつ来てくれますか。子供たちには心の支えが必要なんです」。中嶋は「神戸は絶対に、東北の被災地を忘れません」と答えた。(敬称略)

 阪神大震災から17日で17年。17年前の被災地から、昨年、激しく傷ついた東北に、多くの手がさしのべられた。「1・17」から「3・11」へ。その思いを追った。



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120112-00000137-san-soci
※この記事の著作権は配信元に帰属します。



コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://akk9876.blog47.fc2.com/tb.php/37-21c07920

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。